大阪松竹座さよなら公演「あらゆる方に来てもらいたい」――片岡仁左衛門さん
よみふぁみ
今年5月に閉館する、大阪・道頓堀の大阪松竹座。
4~5月に行われる大阪松竹座さよなら公演「御名残四月大歌舞伎」(4/3~26)、「御名残五月大歌舞伎」(5/2~26)の取材会に、歌舞伎俳優の片岡仁左衛門さんが出席されました。

先日、第33回読売演劇大賞 芸術栄誉賞を受賞された仁左衛門さん。
誉高い功績の出発点は道頓堀だっただけに、松竹座の閉館について「寂しい」「残念」と。
「私が初舞台を踏んだのも道頓堀。関西で歌舞伎が入らなかった時に、父(十三世仁左衛門)が『仁左衛門歌舞伎』を打ったのも道頓堀。松竹に育てられた人間として、松竹の歴史としても寂しい」
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仁左衛門さんが初舞台を踏んだのは、「道頓堀五座」と呼ばれていた劇場の一つ、中座。
「あの当時はロビーに庭があってね、薪で焚くおふろのにおいが舞台へ伝わったり、夏にはロビーに雨が降ったり……」
中座に限らず、当時の「芝居小屋」は冷房もなく、夏は氷柱を楽屋に立てていたんですって!💦想像しただけでも、暑っ💦💦
夏の「関西で歌舞伎を育てる会」(後に「関西・歌舞伎を愛する会」)では、皆さん汗だくで演じておられたそうです💦
思い出を語る時の仁左衛門さんは、なんとなく楽しそうな感じでした😊
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現在の大阪松竹座(写真↓)は、1997年に新築再開場。
〈画像提供/松竹〉
仁左衛門さんは、設計の段階から意見を求められたのだとか😲!
客席のカーブを検討したり、楽屋についても、窓側に幹部(俳優)の部屋ではなく専有面積の狭い人たちの部屋を置いたり……。
「働きやすい劇場・見やすい劇場」を目指すべく助言なさったそうですが、「こんなこと言うたらいかんけど、設計者て何考えてんのかと(笑)」。
――というのも、「お手洗いのドアを開けたらね、男性の方の便器が外から見えるわけです。『反対にせなあかんやろ』って、(建物が)できてから反対にしてもらったんですよ(笑)」。
「お風呂もね、脱衣所で履物ぬいだら、ドアを閉める時に履物がすーっと外へ行っちゃうわけですよ。それで、後からドアの下を切ってもらったりして(笑)」。

あきれながらも、お客様と役者側、双方に快適な空間作りを提案してくださったんですね😊
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今回の大阪松竹座さよなら公演で仁左衛門さんは、4月の夜の部『菅原伝授手習鑑 寺子屋』Aプロで松王丸を(Bプロは松本幸四郎さん)、5月の夜の部『近江源氏先陣館 盛綱陣屋』で佐々木盛綱を勤めます。
『寺子屋』は98年の仁左衛門襲名、『盛綱陣屋』は97年の大阪松竹座新築開場記念で勤めた演目で、いずれも義太夫狂言の時代物の名作。
盛綱は、「子役の頃、市川壽海のおじさんにずいぶん感化されて、『いつかやりたいな』と思っておりまして、(大阪松竹座の)再開場の時にやらせていただいた」のだそう。
市川雷蔵ファンの記者は、「市川壽海」(雷サマの養父)という名が出ただけで、内心「😆キャー‼」だったのですが、それだけ仁左衛門さんは古きを語れる希少な役者さんだということ。
道頓堀での歌舞伎の歴史が途絶えてしまう寂しさはいかばかりか……。
仁左衛門さんのお気持ちを察しながら、記者もしんみりしてしまいました😢
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思い出の詰まった大阪松竹座での最後の公演には、「あらゆる方に来てもらいたい。初めて見た方の心を逃したくない。歌舞伎ってつまらんな、と思われないように勤めたいと思います」と言葉に力を込めた仁左衛門さん。
有終の美を飾る歌舞伎公演。
皆様もたくさんの感謝を伝えに、劇場へお越しくださいね。

大阪松竹座さよなら公演「御名残四月大歌舞伎」「御名残五月大歌舞伎」の詳細・チケット購入は、大阪松竹座の公式サイトまで👇
(記者/山南紀子)