人の気持ちを考えない人ほど好き勝手に生きて、人の気持ちを考える人ほど自分を責めてしまう。なんだか、おかしな話だよね。|ネコ坊主の今日の一言 Vol.38 

2026.09.17 ● ネコ坊主のねこさんから人間さんへ今日の一言

ネコ坊主の「ネコさんから人間さんへ今日の一言」Vol.38 人の気持ちを考えない人ほど好き勝手に生きて、人の気持ちを考える人ほど自分を責めてしまう。なんだか、おかしな話だよね。ネコ坊主かく

よみふぁみでは、毎月第1・第3木曜日に、人間関係が楽になる・心にしみることばを紹介するネコ坊主の「ネコさんから人間さんへ今日の一言」を連載しています。
今回は、「人の気持ちを考えない人ほど好き勝手に生きて、人の気持ちを考える人ほど自分を責めてしまう。なんだか、おかしな話だよね。」です。

 
ネコ坊主こと、専念寺住職の藪本正啓です。

人の気持ちを考える人ほど、自分を責めてしまう理由

世の中を見ていると、ときどき不思議に思うことがあります。
 
人の気持ちをあまり考えず、自分の言いたいことを言っている人ほど、案外けろっとして生きています。
 
その一方で、人の気持ちが分かる優しい人ほど、「あの言い方でよかったかな」「嫌な思いをさせていないかな」「もしかしたら自分が悪かったのかな」と、家に帰ってからまで考えてしまいます。
 
同じ出来事でも、傷つけた側は忘れているのに、傷つけられた側が「自分にも悪いところがあったのかもしれない」と悩んでいることさえあります。
 
なんとも理不尽な話です。
 
でも、そんな人に私は「そこまで自分を責めなくてもいいですよ」と伝えたいのです。
 
誰かを傷つけたくないと思えること。
相手の立場になって考えられること。
言葉を発する前に、これを言ったら相手はどう思うだろうと考えられること。
 
それは弱さではありません。
むしろ、人として大切な優しさだと思います。
 

優しい人ほど、自分には厳しくなってしまう

ただ、優しい人には一つ困ったところがあります。
 
人には優しいのに、自分にはとても厳しいのです。
 
他人が失敗すれば「そんなこともあるよ」と言えるのに、自分が失敗すると、いつまでも自分を責めてしまう。
人には「無理しなくていいよ」と言えるのに、自分には「もっと頑張らないと」と言ってしまいます。
 

人への優しさを、自分自身にも向けていい

仏教には「慈悲」という言葉があります。
人の苦しみに寄り添い、その苦しみが少しでも軽くなるよう願う心です。
 
けれど、その慈悲を向ける相手の中に、自分自身が入っていてもいいのではないでしょうか。
 
人を大切にするために、自分を犠牲にし続ける必要はありません
 
すべての人に好かれることもできません。
すべての期待に応えることもできません。
 
どれだけ丁寧に生きても、誤解される日はあります。
どれだけ優しくしても、嫌われることだってあります。
 
それまで全部、自分の責任にしてしまったら、心がもちません。
 
だから、ときには、
 
「私は悪くなかった」
 
そう思って一日を終えてもいいのです
 
人に向けている優しさを、ほんの少し自分にも向けてあげてください。
 
優しい人が、優しいという理由だけで苦しまなくていい。
 
私は、そんな世の中であってほしいと思います。

 
 
 

プロフィル

融通念仏宗 一向山専念寺 住職 籔本正啓(通称:ネコ坊主)

大阪市平野区喜連にある専念寺の第25代住職。1982年、大阪市平野区生まれ。7歳で父を病で亡くし、 母方の実家である専念寺に戻り、僧侶を志す。 23歳で住職を拝命。専念寺は豊臣家ゆかりのお寺で、「日本で一番美しい」と言われる迦陵頻伽(かりょうびんが)を拝観できる。

地域ネコの見守りと保護活動にも力を入れ、寺の掲示板のことばの書と猫の写真をSNSに投稿し、大きな反響を呼んでいる。Xフォロワー29万人、Instagramフォロワー45万人(2026年7月時点)。

著書に『ネコさんの「心にしみる」おひとりさま名言』(双葉社)、『大阪 専念寺 ネコ坊主の掲示板 人の悩みのほとんどは「人」 今日のことば101」 (主婦と生活社)。

専念寺ホームページ


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