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ネコ坊主の「ネコさんから人間さんへ今日の一言」Vol.5「言う側ではなくてよかった」と思うこと

2025.05.01 ネコ坊主コラム

 
Vol.5
「言う側ではなくてよかった」と思うこと 
 
 
 

 

ネコ坊主こと、専念寺住職の藪本正啓です。

ひどいことを言われたときは、「言う側ではなくて良かった」と考えると、少し気持ちが楽になります。

人からひどいことを言われたとき、心がざわつき、傷つくことは誰にでもあるものです。時には怒りや悔しさがこみ上げ、相手に言い返したくなることもあるでしょう。しかし、そんなときに「言う側ではなくてよかった」と考えることで、少し気持ちが楽になることがあります。
 
私はお寺の住職をしていますが、これまでの人生の中で何度も心ない言葉をかけられたことがあります。特に最近は、檀家離れが進む中で「もうお寺は必要ない」「坊さんは楽な仕事でいいですね」といった言葉を耳にすることもあります。そのたびに悲しさや虚しさを感じることがありました。自分なりに檀家や地域の人々のために尽くしているつもりでも、その思いが伝わらず、否定されてしまうことはやはり辛いものです。
 
しかし、あるときふと「自分がこんな言葉を誰かに言うだろうか?」と考えました。私は人を傷つける言葉をわざわざ投げかけようとは思いません。それに比べて、ひどい言葉を発する人は、何かしら心に余裕がなかったり、不満や苦しみを抱えていたりするのかもしれません。そう思ったとき、「言う側ではなくてよかった」と感じました。
 
住職として、檀家の方々や地域の人々の悩みを聞く機会も多いですが、そうした中で気づいたことがあります。辛辣な言葉を発する人の多くは、自分自身が苦しんでいることが少なくないのです。家族との関係、仕事の悩み、将来への不安——―そうしたものが積み重なり、知らず知らずのうちに他人へ厳しい言葉を向けてしまうのかもしれません。そう考えると、相手の言葉に必要以上に心を乱されることも少なくなっていきました。

もちろん、どれだけ「言う側ではなくてよかった」と思っても、傷つくことはあります。しかし、この考え方を持つことで、自分が相手と同じように人を傷つける立場に立たないようにしようと意識することができます。
 
言葉はときに人を深く傷つけるものですが、それを使う側にならないことが、自分自身の心を守る方法でもあるのです。  誰しも人間関係の中で辛い思いをすることは避けられません。それでも、ひどいことを言われたときには「言う側ではなくてよかった」と考え、自分自身の心を静かに保つことを大切にしたいと思います。

 

★ネコ坊主の「ネコさんから人間さんへ今日の一言」は、毎月第1・第3木曜日に「〝人間関係が楽になる〟〝心にしみる〟ことば」を紹介しています。

 

プロフィル

融通念仏宗 一向山専念寺 住職 籔本正啓(通称:ネコ坊主)

大阪市平野区喜連にある専念寺の第25代住職。1982年、大阪市平野区生まれ。7歳で父を病で亡くし、 母方の実家である専念寺に戻り、僧侶を志す。 23歳で住職を拝命。専念寺は豊臣家ゆかりのお寺で、「日本で一番美しい」と言われる迦陵頻伽(かりょうびんが)を拝観できる。

地域ネコの見守りと保護活動にも力を入れ、寺の掲示板のことばの書と猫の写真をSNSに投稿し、大きな反響を呼んでいる。Xフォロワー28万人、Instagramフォロワー26万人(2025年4月時点)。

著書に『ネコさんの「心にしみる」おひとりさま名言』(双葉社)、『大阪 専念寺 ネコ坊主の掲示板 人の悩みのほとんどは「人」 今日のことば101」 (主婦と生活社)。

専念寺ホームページ

 

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