ネコ坊主・籔本正哲さんに独占インタビュー|「今日の一言」は、文字の練習から始まった

ネコの写真を添えてSNSに投稿している「今日の一言」で、多くの人の心をつかんでいる「ネコ坊主」こと、専念寺(大阪市平野区)の住職・籔本正哲さん(44)。よみふぁみでは、2025年3月から「今日の一言」にまつわるコラムを月2回連載しています。
藪本さんのSNSの総フォロワー数は約100万人(2026年9月時点)にものぼり、SNSがきっかけで、遠方からお寺を訪れる人も少なくないそう。アジアやヨーロッパなど海外から足を運ぶ人もいるといいます。
そんな籔本さんの「今日の一言」は、最初からSNSのために始めたものではありませんでした。
なぜネコと一緒に発信するようになったのか。そして、現代のお寺を取り巻く環境をどう見ているのか。
籔本さんにお話を伺いました。
「今日の一言」は、自分の字の練習から始まった
――「今日の一言」を始めたきっかけを教えてください。
お寺の掲示板に紙を貼って、言葉を書き始めたのは23歳ぐらいですね。ちょうど住職になった頃です。白木の位牌に戒名を書かなあかんのですけど、当時は字がめちゃくちゃ汚かったんですよ。
それで習字を習いに行ったんです。その時に、近くで習字を教えている住職から「そんなに字が汚いんやったら、掲示板に自分の字で読んだものを書いて貼りなさい。そしたらみんなに見てもらって、だんだん上手くなるから」と言われて。それで始めたんです。
最初は、お釈迦さんの言葉や本に書かれている言葉などを借りて書いていました。そしてコロナ禍でお寺の日々のお務めが落ち着いてしまった時に、もっとSNSで発信してみようと思うようになったんです。
以前からも「自分の言葉」をちょっと書いていたんですけれども、SNSでは友達なんかが見るのが嫌で、見せていなかった。けれども、やっぱり「自分の言葉」を届けたいと思い、次第にSNSでも発信するようになっていったんです。
「言葉だけでは見てもらえない」 ネコとの出会い
――SNSを始めた頃はネコの写真がなかったのですか?
そうですね。最初はネコなしで言葉を書いていました。でも、それだけやったらなかなか見てもらえへん。そこで、ネコと合体して、今の形になったという感じです。
実は、ネコの写真を撮ること自体は、SNSを始めるずっと前から好きだったという籔本さん。特に地域ネコを撮影することには、別の意味もありました。
地域ネコを見守るためでもあるんです。耳をカットした子が、いじめられてないか、ケガしてないか。そういうのを写真に収めておくんです。
地域の人から「行方不明になったネコが写真に写ってませんか」とか、「この子、今ケガしてるんやけど、いつまでケガしてなかったか見せてほしい」と言われることもあります。
現在、SNSに登場するネコの約7割は専念寺周辺の猫で、残りは近隣の公園など別の場所で撮影した猫だそう。
ネコへの関心が深まったきっかけは、自身の結婚でした。結婚する前の30歳ぐらいまでネコにそんなに興味なかったんです。その当時は本山に泊まりで仕事に行くことが結構あり、結婚してからもそうだったんですが、そしたら妻が「一人でお寺にいるのは怖い」って言い出して。ほんで妻が「家でネコを飼いたい」って。
でも、普通にネコを買うより、保護してほしいネコを探して迎えようとなって。それからネコに興味を持ち始めました。
殺処分されてるネコがこんなにおるんやとか、さくらネコっていうのがおるんやとか、いろいろ知るようになったんです。
投稿は1900本以上。それでも「言葉」は枯れない
――これまで「今日の一言」は何本ぐらい書かれましたか?
ざっくりですけど、1900本以上はあると思います。基本は1日1本。ただ、本山で泊まりの仕事があるときなどは書けないこともあります。
――内容が枯渇することはないですか?
それはないですね。毎日浮かんできたらLINEのメモに入れて、ダーッとためていくんです。人との会話からヒントを得ることもありますし、自分の投稿についたコメントを見て、「なるほど」と思うこともあります。
――SNSで発信していれば、批判的なコメントが寄せられることもあります。
まあ、変なコメントもありますよ。でも、そんなに気にはしてないですね。ほとんどは肯定的なコメントをいただいていて、9割5分ぐらいはそうです。
批判的なコメントでも、「これはええな」っていうやつは、「ピカーン」って光ってるんですよ。そういうところからもヒントをもらうことがあります。
投稿を続ける中で、「どんな言葉が人に届くのか」も少しずつ分かってきたといいます。
何枚か書いて、「どれがいいと思う?」って妻に選んでもらうこともあります。毎回は見てくれないですが(笑)。
苦労するのは、言葉を短くまとめること。説明しようとすると、どうしても長くなっちゃうんですよ。
それをどれだけ削れるかが結構ポイント。短すぎると、ちょっと変に捉えられちゃうこともある。その、ちょうどいいところを作るのが難しいですね。
現代人の悩みは、やっぱり「人間関係」
――多くの人の悩みを聞いてこられたと思いますが、現代人は何に一番悩んでいると感じますか?
やっぱり人間関係ですよね。今も昔もそうです。
専念寺では予約制で有料の悩み相談も受けていますが、意外にも男性が多いそうです。
悩みを予約して来る人は男性のほうが多いですね。社長さんとか、教育関係の方とか。立場的に上の方も結構悩んではります。
――立場が上になるほど、悩みを誰かに打ち明けることが難しくなる。
偉くなると、同僚に言うわけにもいかへんし、家族に言っても分かってもらえへんこともある。そういう人が話しに来ていただいていることも多いです。
――ご自身が悩んだときは、誰に相談されるのですか?
妻か母ですね。母親はすごいですよ。
電話したら、「あんた、なんか悩んでるやろ」って分かるんです。
声のトーンなんでしょうね。隠されへん(笑)。
そして、悩みを抱えたときに生まれた言葉は、誰かのためだけではなく、自分自身のためでもあるといいます。
自分で書いて、自分で納得するときもあります。だから「今日の一言」は、いろんな人に向けたメッセージであると同時に、自分自身へのメッセージでもあるんです。
23歳の自分と、今の自分。変わったのは「経験」
――23歳で住職になって、月日が経ちました。当時と今で、考え方は変わりましたか?
当時のほうが、やっぱりピュアというか。真っ白やったなと思います。良くも悪くも、昔のほうがお坊さんらしかったんちゃうかな。
――経験を積んだことで、さまざまな事情を考えるようになった?
お寺の運営って、ある意味では経営者でもあるんですよ。結婚してから特に思いましたね。お寺を運営できなくなったら、活動もできないですから。
若い頃は、ある意味で純粋に言えていたことも、今は相手の家庭事情などを考えてしまいます。
昔のほうがお布施の額とかも言いやすかったですね。「これぐらいお願いします」って。今は、その家の状態とか、いろんなことを考えてしまう。「もしかしたら……」って、ドキドキしながら言うようになりました(笑)。
お寺は20年後、半分になるかもしれない」
――これからのお寺を取り巻く環境はどうなっていくと思いますか?
今のお寺は、20年先には半分になっているかもしれないと思っています。檀家制度そのものが、どんどん変わっていくでしょう。だからこそ、各寺院がどうやって生き残るのかを考えないといけないと思います。
固定的な檀家が少しずつ減っている一方、信者さんは増えており、新しい形でお寺とつながる人もいるといいます。
若い人は、先祖供養とは違う部分を求めてはるんですよ。定期的なかかわりではないけれども、お守りを買いに来るとか、御朱印をもらいに来るとか、写経をしに来るとか、散歩に来るとか。納骨で来られる方も多いです。そういう意味では「心の拠り所を求めている」ということなのでしょう。
――そして、SNSはその接点の一つになっています。
SNSをやる前と今とでは、全然違いますね。実際、SNSをきっかけに遠方から専念寺を訪れる人も増えました。
今日も徳島県や台湾から来ていただいた方がいました。海外の人は、ものすごく大きなお寺やと思って来はるんですよ。SNSで見ているから。来てみて、びっくりしてはると思いますよ(笑)
「信仰は、無理に持たなくてもいい」
――最近は無宗教の方も多いと思いますが、信仰は必要だと思われますか?
正直、なくてもいいと思います。全く信仰のない人に、「信仰を持ったほうがいいですよ」って言うのは、ちょっと怖いですよね。
僕らは、信仰を持ちたい人をサポートするということやと思っています。
昔と今では、「死」に対する感覚も違います。昔は平均寿命も短く、死がもっと身近だった。だからこそ、信仰が必要とされた部分もあるのではないかと思います。
一方で、人生の中で「死」は避けられない。「死」を意識したとき、信仰やお寺が心の支えになることもあります。
歩くことは「歩行禅」。スマホを置いて、無になる
意外なことに、籔本さんは以前、趣味のスノーボードだけでなく、マウンテンバイク、トレイルランの大会にも出場するなど、とてもアクティブに活動されていたそうです。
スノーボードは18歳から40歳ぐらいまで、シーズン中は毎週のように行ってました。今は腰を痛めて中断していますけど。
その代わりに、ウオーキングをすることが多くなったそう。歩くことには僧侶ならではの意味があるといいます。
スマホも時計も何も持たずに知っている道を歩く。これって「歩行禅」って言われてるんです。
――「座禅」のウオーキング版という感じですか?
そうそう。座禅しているのとよく似た効果があると思います。
ただし、ポイントがあります。
知らん道を歩いたらあかんのです。道を考えなあかんので頭を使います。知っている道をひたすら無になって歩く。
そして、スマホは置いていかんとあかんのです。時計も外して。家の鍵ぐらいはしょうがない(笑)。
何も持たずにひたすら歩く。頭が柔らかくなり、悩みにもいいと言われています。
目標は「100年後にも残るお寺」
――最後に、これからの夢や目標があれば教えてください。
やっぱり、このお堂の再建ですね。それと、次の人にバトンタッチすることも考えたい。私自身は25代目の住職。次の26代目を誰が継ぐのかは、まだ分かりません。
息子が継ぐかどうかは分からない。「継いでもらいたい」という気持ちはありますけど、それは本人の意思や適性もありますから。
目指すものははっきりしていて、最低でも100年後にも持つようなお寺にしたいなと思っています。
――お寺の住職に向いている人とは?
SNSができることも大事ですけど(笑)、やっぱり人としゃべる、話を聞くっていうのは非常に大事かなと思います。
取材当日も、亡くなった愛犬の納骨に訪れた人の話を聞いたといいます。
そんな人たちに説教しても、悲しみの最中なのに、寄り添えないと思うんです。それよりも話を聞く。
逆に言えば、説教するより、そのほうが何倍も効果があるんちゃうかなと思います。
自分の字を上達させるために始めた一枚の言葉。
それが時を経て、SNSを通じて遠く離れた人の心にも届いているーー。
その理由を感じられるインタビューでした。
聞き手/長谷川敦司(よみふぁみ)
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