井上かなえ(かな姐)さんの連載コラム 添乗員のアルバイトをしていたころの話(その2)
添乗員のアルバイトをしていたころの話(その2)
添乗員のアルバイトを始めて1か月……。
1泊2日のバスツアーの後には、夜行バスツアーにも行き始めたわたしは完全にいっぱしの添乗員気取りだった。
おとなしくて控えめで人見知りの性格だったはずが、同年代ではない、親世代でもない、さらにその上の祖父母世代のお客さまに囲まれてちやほやされ、添乗員の仕事が楽しくて仕方なくなっていた。
目に入れても痛くないとばかりに可愛がってもらえたので完全に勘違いしてしまったのだ。
そして30年経った今も決して忘れることのできない、事件が起きた。
バイトを始めて1か月後の4月。京都御所の春季一般公開の日帰りツアーの仕事が入った。
鎌倉時代中期から明治時代初期まで歴代天皇が住んでいた宮殿、京都御所は、宮内庁の管理となっているため、当時は事前に参観申し込みが必要だったのだが、春と秋の年に2回だけ、申し込み不要の一般公開がされていた。(※)
全国各地からこの一般公開を目指して観光客が訪れる人気の行事となっている。

当日。
朝6時に一番遠い集合場所の広島県の三原駅から順に大型観光貸し切りバスで各駅を回り、ご予約のお客様を乗せていく。ようやくバスいっぱいの全員45人のお客様をピックアップして高速道路にバスが乗るのは9時頃だっただろうか。ここまではすべて予定通り。
その後は1時間半おきにサービスエリアでトイレ休憩をいれながらバスは一路京都へ向かう。
添乗員の仕事は一旦休憩となり、バスの中ではガイドさんにタッチ交代。楽しい話で盛り上げてもらい、わくわくウキウキのいつもと変わらない日帰りツアーが始まった。ツアーではお昼に京都市内に到着し、最初の立ち寄り先の土産物店で予約してあるお昼ご飯を食べてから京都御所へ行くという予定になっていた。
この日は快晴の日曜日であった。
観光シーズン、快晴、日曜日。
この3つが揃った京都がどれほど混んでいるのか、その時のわたしは全く理解していなかったのだ。
高速道路は大阪の手前、はや姫路あたりから徐々に渋滞し始め、大阪をのろのろと通過して京都にようやく差し掛かる頃にはお昼の時間はとうに過ぎてしまっていた。
大渋滞でガイドさんも話すことが無くなってしまったので、バスの中は添乗員の司会で、お客さまによる大カラオケ大会となり、盛り上がったのだが、その当時はもちろん個人で携帯電話など無い時代なので(「シモシモ~?」の肩掛けタイプの初期の携帯電話、あれが全盛期の時代)、バスが遅れていると会社にもお昼ご飯を食べる予定のお店にも連絡のしようもない。なんせ高速道路の上だったから。

カメのような進み方でようやくインターチェンジを降り、ようやく京都市内に入ったが、降りてもなお大渋滞でなかなか進まない。
お客さまのお腹はすく……、そしてトイレ……。
最初の目的地であったツアー客向けの昼食場所に到着したのは14時頃だっただろうか。
お腹がすいているお客さまたち(そして何よりトイレ行きたいお客さまたち多数)を一刻も早くバスから降ろしてトイレ、お昼を食べるところへ案内し、お店の方に遅れたことを詫びて自分も一息ついた。
予定表を再確認しながら、予定ではここで1時間半ほど過ごす予定になっていたが、そこまではさすがに時間は取れないと判断し、「集合時間は15時にしますね」とお客さまにご案内する。
そしてお客さまにお昼を食べていただいている間にようやく公衆電話からテレフォンカードを使って会社に連絡した。
「もしもし、お疲れさまです、井上です」
「ああああああああああ、井上さん!!!!!!今どこ!!!!!!!!!!」
電話の向こうには、何故か異常に焦っている社員さんが待っていた。
「今、A店に到着してお客さまにお昼ご飯を食べていただいています」
とのんびり報告するわたし。
「ええええーーーーーー!!!!!!まずいよ!!!!もうそこ出発しなくちゃ!!!!!!」
明らかに動揺、かなりうろたえている社員さん。
そう、わたしは知らなかったのだ。
本日のツアーのメインイベントである京都御所の閉門時間が15時30分だったことを。
そのお店から京都御所までは、車で30分。
しかしそれは通常時の道路状況での場合だ。
今日のあの道路状況では30分で行けるはずはない。断じてない。誓ってもいいが絶対無理。
その時の時刻、14時30分。
とにかく急いで出発して!という社員さんの指示に従い、すぐさま店内に戻り、階段を駆け上がって大声で自分のバスのお客さまを呼びながら、「すみませんバスはすぐ出発します、バスに戻ってください」とご案内しながら走る。
バスが出発できたのは14時45分。門が閉まるまであと45分。
どうかどうか奇跡よ起きてと祈るような気持ちで京都御所に向かうバス。
運転手さんもガイドさんも祈る!お客さんも祈る!全員が祈った。
御所に到着したのは15時25分だった!!!!!!!
間に合った!いける!入れてもらえる!

バスを飛び降りてダッシュで手続きをするため入口へ向かおうとすると、それを警察の方に止められた・・・。そして無情にも扉はわたしの目の前で閉められた。
「あの!ツアーなんです!45人で来たんです!日帰りなんです!ツアーの目的地ここなんです!どうしても見せていただきたいんです!お願いします!このために広島から来たんです!!!!!お願いします!!!!!!!」
ありとあらゆる言葉を言った気がする。
土下座でもなんでもしますから!という気持ちで女性警察官に泣きついた。
が、門が開くことはなかった。
「ごめんね、開けてあげられなくて」
と去っていく警察官の背中を見つめたまま、呆然と立ち尽くした。
わたしの背中に、バスの中で今まさにわたしを見ているであろう45人のお客さまの視線が突き刺さっていた。
どんな顔をして振り向けばいいのかわたしは全くわからなかった。
頭の中は真っ白になっていた。
続きは次月・・・
※京都御所の参観は、現在事前申し込み不要の通年公開を実施していますが、諸事情で休止日や急な変更等があります。参観は事前に宮内庁京都事務所にご確認ください
※写真はイメージです
井上かなえ(かな姐)さんプロフィール

料理ブロガー、料理家。兵庫県在住。
2005年にスタートした3人の子どもたちのリアルな日常と日々のごはんを綴ったブログ「母ちゃんちの晩御飯とどたばた日記」はライブドアブログで2018年に殿堂入りし、レジェンドブログに。
「てんきち母ちゃんの15分!スープひとつで満足ごはん」(講談社)など著書多数。
東京、神戸での料理教室開催、雑誌、TV、食品メーカーのレシピ考案などでも活躍中。
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