井上かなえ(かな姐)さんの連載コラム 添乗員のアルバイトをしていたころの話 その1
添乗員のアルバイトをしていたころの話 その1
全身の血の気が引くような大失敗をしたことはあるだろうか。
今すぐこの場から煙のように消えてしまいたいと思うような経験は?
現在は料理家として働いているわたしだが、若い頃はエステティシャンとして働いていた。結婚後も長男が生まれてからもずっとエステティシャンだったのだが、各地の様々なエステサロンを転々と働く間にいろんなアルバイトも経験した。
最初に就職した某大手エステサロンは、バブルが弾けるとともに急激に業績は悪化の一途をたどり、事業は瞬く間に縮小。
わたしの働いていた地方の小さな支店も売り上げはガタ落ち、早々に閉店が決まった。
一緒に勤めていた従業員も全員解雇となり、みな別の働き口を探すことになったのだが、その時に同期入社だったUちゃんが是非にと勧めてくれたのが、某旅行会社の添乗員のアルバイトだった。

Uちゃんはエステティシャンになる前にここでアルバイトをしており、添乗員はタダで旅行できるし、全国各地の美味しいものは食べられるし、年配の方には無条件に可愛がってもらえるし、日当は少ないけど将来絶対自分の財産になるから行った方がいい!と勧められ、エステティシャンとしての次の仕事の口も見つからなかったので、じゃあちょっとだけ小遣い稼ぎでもするかと、気軽な気持ちで応募したのだった。
しかしよくよく考えてみれば、わたしは旅行など家族旅行と修学旅行以外は全く行ったことは無く、飛行機にすら乗ったことは無く、何事にも動じない芯の強さと、底抜けに明るく誰とでもすぐに打ち解けて話せるUちゃんとは違って、自分は人見知りだし、自信も無いし、もちろん声も小さいし忘れ物も多い。
おとなしくて控えめ、決して人前で明るく元気にハキハキと喋れるタイプではなかった。そのようなわたしが何故そんなアルバイトをしようと思ったのかは、今となっては本当に謎なのだが、つい流れとノリで履歴書を送ってしまい、そして面接に行ってしまい、ちょうど春の旅行シーズンが始まろうとしていた時期だったこともあってなんと即採用、明日から来るように所長に言われてしまったのだった。

面接の翌日は朝六時に駅集合。その日のバスツアーは大型バス5.6台(1台が45人くらい乗れるバスだから相当な人数のお客様)で向かう「綾部の梅林と赤穂浪士の史跡巡りと備前焼の窯元見学」(姫路から岡山あたり)だったと思う。

旅行会社の社員さんが一人と、ベテラン添乗員さん一人がこのツアーの責任者で、各バスにはバスガイドさんが一人ずつ、運転手さんは2名ずつ、そして私と同じくこのたびアルバイトで採用された若い女の子たちが5,6人、このツアーに参加した。
自分がまだ一度もやったことのないゲームに誘われた時、「まあ、一回一緒にやってみようや!やってみたらわかるって!」と、ルールも何も知らされないままにカードを配られて強制的にゲームがスタートする、というトランプゲームの覚え方があるが、まさにあれだ。
見て覚えよ!流れを知れ!空気を読め!そこから学べ!というシステム。
わたしたち新人アルバイターたちはみな紺色のスーツにベージュのトレンチコート、黒いパンプスを履き、終始緊張のままバスの補助座席にて移動し、立ち寄り箇所での添乗員の仕事を見学し、大丈夫だろうかこんな仕事を一人でやれるのだろうかと、不安に苛まれたまま午後九時を回ったころでようやく最後のお客様をお見送りし、
はいおめでとう!研修は以上で終了です!
翌週末からは一人で行ってもらいまーす!というわけで、全く素人も同然のままドッキドキで翌週行ったバスツアーが、人数が少なすぎてガイドが付かない、バスの運転手さんも一人、大型バスではなくマイクロバス、というツアーでわたしは華々しく(?)添乗員デビューを果たしたのだった。

バスツアーにはいろいろあって、
- 日帰りのバスツアー(これが一番しんどい。なぜなら1日で予定を詰め込むから。見学先、昼食、見学先、お土産屋さん、とぎゅうぎゅう詰めになっているお得感満載、元気なお年寄り向けツアー。お友達同士で申し込まれる方も多かった。出発は早く、帰りはめちゃ遅いのに日当で支払われるから割に合わないw)
- 一泊二日バスツアー(比較的ゆったりコース。ご夫婦でのお申し込みが圧倒的に多い。立ち寄り箇所を回ってホテルに入った後、夕飯を兼ねた宴会があるので乾杯の音頭と、食後のカラオケ大会まで付き合う←一番に添乗員が歌って盛り上げる)
- 夜出発して明け方に目的地に到着して見学する車中泊ツアー(これは吉野の千本桜とか、立山アルペンルートなどのツアーだった。しんどかったけど夜明け前に到着し、奈良の長谷寺の回廊から見た日の出は素晴らしかったし、アルペンルートはその自然の雄大さに震えた)
- 新幹線や飛行機で移動した先からそこの地元のバスに乗っていくものあり(鹿児島や宮崎、北海道などは飛行機、名古屋や福岡まで新幹線に乗ってそこからバスで信州や軽井沢や九州なら熊本や長崎に行ったこともあった)
- バスから船に乗るパターン(佐渡島、隠岐の島などなど何故かわたしが行くときは海が荒れるためめちゃくちゃ船が揺れるし、ジェットホイルが欠航になってフェリーで向かったこともあった💦)
たったの半年間くらいしか在籍していなかったのだが(なぜなら次のエステサロンの就職先が決まった為)、ここで様々な経験をさせてもらえたし、この半年間があったからこそ、わたしのこの後の人生は大きく変わって行くことになった。
次回はいよいよ、わたしの人生最大の失敗の話を書きます。
※このお話しは2005年4月以前のことであり、旅行業法が制定されてからは受注型企画旅行に関しても旅程管理主任者資格(補助添乗を除く)が必要です
井上かなえ(かな姐)さんプロフィール

料理ブロガー。料理家。兵庫県在住。
2005年にスタートした3人の子どもたちのリアルな日常と日々のごはんを綴ったブログ「母ちゃんちの晩御飯とどたばた日記」はライブドアブログで2018年に殿堂入りし、レジェンドブログに。
「てんきち母ちゃんの15分!スープひとつで満足ごはん」(講談社)など著書多数。
東京、神戸での料理教室開催、雑誌、TV、食品メーカーのレシピ考案などでも活躍中。
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