山本ゆりさん連載コラム 就職活動の思い出
リクルートスーツの大学生を目にすると思い出す、就職活動。“就活”には独特の雰囲気、世界観があった。将来のことを突然考えさせられ、自分をとことん分析させられる。私はどういう人間なのか。長所と短所はなにか。座右の銘はなにか。(「座右の銘何にしよ……」って必死で考えている時点で座右の銘でもなんでもないからな)
―面接ではありのままのあなたで正直にぶつかってきてくださいー
「就職活動で重視していることは、まず大阪勤務です。理由は友達と離れたくないし、できれば実家から通いたいんですよね……もちろんめちゃくちゃ行きたい超高待遇の会社なら遠くても構わないのですが! その中で年間休日が比較的多く、初任給が高めのところを数社ピックアップして選びました。中でも御社を選んだ理由は、聞いたことのある社名だったからというのと、ホームページをみたらオフィスがオシャレでなんとなく楽しそうだったからです。学生時代は特に何もせず、ずっと遊んでいましたが、入ればどこでも頑張れると思います。御社以外に一応10社ほど受けていまして、第3希望が御社です。今日はよろしくお願いします」
と言って内定をもらえるわけがないから、一応嘘のない範囲でそれらしい答えをあれこれ考えるのだ。
「なぜそう思うのですか?」「そう思った根拠はなんですか?」知らんがな! と叫びたくなるような掘り下げた質問の答えを探す日々。とはいえ色々な社長の思い、会社の企業理念などを毎日聞いていると、ある種の洗脳状態に陥る。この世のすべての仕事は誰かのためになっているということに気づき、「この道路も誰かのおかげで歩けているんだ」「今履いている靴も誰かが開発してくれた……」など逐一感謝するようになり、「私も人の役に立ちたい」と熱く思っていた。あの時はじめて、満員電車で揺られているサラリーマンになるのがどれだけ大変なのかがわかったのだ。(そして、内定が出てから就職までの間、約1年遊びほうけていたら洗脳が解け、いざ就職する頃には働くのがすっかりいやになっていた)
時には自分を色に例えさせられる。「ベージュです」と答えたものの、理由が浮かばなかったので「なんにでも合わせられます」と慌てて付け足した。(服選びか)
時には物に例えさせられる。友達は「私はナカノスタイリングワックスです。パサつかずしっとりまとまります」と答えていた。
時には動物に例えさせられる。1対1の面接だったが、先に面接官が「僕は豚です」と言った。「いやそんなことないですよ(笑)」とフォローする私に「豚は首が短くて、後ろを振り向けないんです。過去を振り返らず前だけを向いて突き進みます」とドヤ顔で言ったのが忘れられない。ある会社のセミナーで、就活の悩みや思いをざっくばらんに話し合うみたいな会があった。自分にキャッチフレーズをつけるのが恥ずかしくて苦手だと言ったら、去り際に同じグループだった子に肩をポンと叩かれた。
「ちょっと考えてみたんですけど……『ツッコミのマイク』とかどうですか?」
まさか、こんな赤の他人のキャッチフレーズをわざわざ考えてくれていたなんて。なんて優しいのだろう。いつか使わせていただきます。「山本ゆりです。キャッチフレーズは『ツッコミのマイク』」です。……って恥ずかしいわ!
別の子がまたやってきた。
「なんでも言葉が詰まっている冷蔵庫。」
みんななぜそんなにポンポンキャッチフレーズが浮かぶのだろう。そしてなぜこんなに親身になってくれるのだろう。「言葉がたくさん飛び出してきて面白いから」と理由も丁寧に教えて頂き、たくさん御礼を言って別れた。(言葉を冷やす意味はーーーー!byツッコミのマイク)
正解がない。終わりがない。それが学生を闇に陥れる。就活はどう頑張ればいいかがわからないのだ。これまでのテスト勉強と違い、どれだけ練習しようが、立派な答えを準備しようが、内定をもらえるとは限らない。むしろ立派な答えを準備してくるような人を欲していない会社には落とされる場合もある。それは別に落とされたわけではなく、社風に合わないというだけだ。そもそも就活に合格不合格などない。。一方的に試されているわけでもない。お互い合うか合わないか、まさによく聞くマッチングだ。猫をかぶって20社受け、20社に内定をもらったところで行くのは1社なのだから、自分をさらけだして100社受け、1社に内定をもらえるほうが入った時にお互いミスマッチがなく幸せなのだ。……なんて頭ではわかっているが、できるならこちらも選びたいし、札をたくさん持って安心したい。でも猫のかぶり方もわからない。「今回はご縁が無かったということで」というメールを何通も受け取っていくと、自分自身の人間性を、存在を否定されたかのような、誰からも必要とされていないような孤独感にさいなまれる。あと何社、あと何日、このままずっと決まらないんじゃないか……、出口の見えない戦いに押しつぶされそうになる。
今悩んでいる人がいたら、強めに伝えて抱きしめたい。内定と、あなたの魅力や人間性は全然別の話なんだと。ただ自分を良く見せるのが上手くないだけだ。会社に合う合わないというより、就活に向いているか向いてないか、あの雰囲気に馴染める人とそうでない人がいるのだ。
面接は一問一答ではなくただの会話だとわかったのは、希望の会社に軒並み落ちてからだった。
今になって思うと、小さい世界の話だった。終わってみればネタになる。新卒採用以外にも働く道はなんぼでもあるし、そこに優劣もない。(優劣を感じている人がいたら、視野が狭いだけのことなので気にすることはない)どこで働くかじゃなく、どう働くかだ。でも、あの時はその世界がすべてに思えた。それは就活に限らず、学生時代も、きっと今の仕事、SNSなんかもそうなのだろう。今いる世界で行き詰ったときは、そうじゃない世界がいくらでもあること、自分次第で何をしても楽しく生きられることを忘れないようにしたい。

内定先の企業研修の仲間(右3人)と
山本ゆり プロフィール
料理コラムニスト。大阪生まれ&在住。著書「syunkonカフェごはん」シリーズ(宝島社刊)など著書は累計約700万部。最新刊「syunkonカフェごはん7 この材料とこの手間で「うそやん」というほどおいしいレシピ」ほか、「syunkonカフェ どこにでもある素材でだれでもできるレシピを一冊にまとめた「作る気になる」本」(扶桑社刊)など。新刊エッセイ「syunkon日記 おしゃべりな人見知り」(扶桑社)が発売中。
Twitter:syunkon0507
instagram:yamamoto0507
おすすめ記事
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラムseason1-第2回目「ソウルフード」その2
コラム2020.09.25
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラム「漫画から学ぶ。」
コラム2021.06.01
-
-
BENIOの楽しい囲碁Vol.3 囲碁の基本1・石を囲む
コラム2025.02.14
-
-
井上かなえ(かな姐)さん「きのことベーコンのゴルゴンゾーラスパゲティ」
井上かなえさんのレシピ2022.09.13
-
-
料理コラムニスト・山本ゆりさん「フライパン1つで簡単!サバと長イモの照り焼き」
人気料理家レシピ2022.11.15
-
-
山本ゆりさん連載コラムseason2の第二回目『鶏肉の思い出』
コラム2021.03.18
-
-
井上かなえ(かな姐)さんの旅のコラムpart2
コラム2020.03.23
-
-
井上かなえ(かな姐)さんの連載コラム 【再び二人になるときがくる!?】その後の二人編
コラム2022.10.04
-
-
山本ゆりさん連載コラム 物が捨てられない話1「いつか使うかもしれない編」
コラム2021.12.10
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん「甘辛牛ごぼう混ぜご飯」
人気料理家レシピ2022.06.01
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラム「漫画から学ぶ。」
コラム2021.07.06
-
-
山本ゆりさん連載コラムseason1の第二回目『近所の個人スーパー』
コラム2020.06.24
-
-
井上かなえ(かな姐)さんの連載コラム 添乗員のアルバイトをしていたころの話 その1
コラム2021.09.08
-
-
ネコ坊主の「ネコさんから人間さんへ今日の一言」Vol.3
コラム2025.04.03
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん「大学かぼちゃ」
人気料理家レシピ2022.07.12
-
-
人気料理家 井上かなえさん、山本ゆりさん、奥田和美さんによる新連載スタート!
井上かなえさんのレシピ2025.04.07
-
-
山本ゆりの何度でも作りたくなるレシピ-16 鶏と野菜のカルボソース
人気料理家レシピ2025.02.18
-
-
井上かなえ(かな姐)さんの連載コラム 【添乗員のアルバイトをしていたころの話】(その3)
コラム2021.11.16
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラム「逃げるは恥だが役に立つ」
コラム2022.07.12
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん「青ジソ和風ジェノベーゼ素麺」
人気料理家レシピ2022.07.12
-
-
料理コラムニスト・山本ゆりさん「カボチャとひき肉のスコップコロッケ」
人気料理家レシピ2022.12.20
-
-
山本ゆりさん連載コラムseason2の第一回目『料理の名前についての雑談』
コラム2021.03.02
-
-
井上かなえ(かな姐)さん「鮭ときのこのオリーブ蒸し」
井上かなえさんのレシピ2022.09.13
-
-
井上かなえの「どこにでもいる普通のオバチャンの話」4 レシピ-マグロのつみれ鍋
コラム2024.12.24
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん「グリルアスパラのシーザーサラダ風」
人気料理家レシピ2022.06.22
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラム「漫画から学ぶ。」
コラム2021.08.03
-
-
奥田和美(たっきーママ)さん連載コラムseason1-第1回目「ソウルフード」その1
コラム2020.08.26